怪物ジャンボ鶴田も攻略できず。名門オートン家が全日本で見せた衝撃の初来日伝説
世界最大のプロレスの祭典レッスルマニア42がいよいよ目前に迫り、統一WWE王者のコーディ・ローデスに挑むランディ・オートンへの注目が高まっています。祖父にボブ・オートン、父にカウボーイの異名を持つボブ・オートン・ジュニアを持つ名門一家。その父であるボブ・オートン・ジュニアが、かつて日本のマット界に鮮烈なインパクトを残したことを覚えているファンは多いでしょう。
時計の針を1975年4月に戻すと、全日本プロレスの春の祭典である第3回チャンピオン・カーニバルに、若き日のオートン・ジュニアが初来日を果たしています。そこで激突したのが、当時新進気鋭の怪物と呼ばれたジャンボ鶴田でした。4月6日の後楽園ホールで行われた1回戦、期待の大型選手同士の一戦は、見る者の予想を上回る熱闘となります。
父譲りの強烈なパンチを繰り出し、鶴田の闘争心に火をつけたオートン・ジュニア。対する鶴田も得意のスープレックスやニーパットで応戦し、試合を有利に進めます。しかし、オートン・ジュニアの粘り腰とサイドからのスープレックスは圧巻で、最後は鶴田が攻略しきれず、30分時間切れ引き分けという劇的な結末を迎えました。
この決着をつけるべく4月10日の仙台大会で再戦が行われ、オートン・ジュニアはバックドロップやブレーンバスターといった大技で肉薄。しかし、最後は鶴田が意地の巴投げからダブルアームスープレックスを繰り出し、逆転勝利を収めました。結果として鶴田が駒を進めたものの、この2試合で見せたオートン・ジュニアのポテンシャルは、その後のWWFや新日本プロレスでの大活躍を予感させるに十分なものでした。
当時を知る和田京平名誉レフェリーも、彼の技術を絶賛しています。派手さこそないものの、父親仕込みの細かいテクニックは本物であり、今のプロレス界でも十分に通用する実力を持っていたといいます。親子3代にわたってトップ戦線で戦い続けるオートン一族。父が果たせなかった王座の夢を背負い、息子のランディが祭典でどのような戦いを見せるのか。名門のプライドを懸けた戦いに期待が膨らみます。