石川さゆりが明かす「天城越え」拒絶の過去 「私の中には何もない」から始まった名曲の真実
演歌界を代表する歌姫、石川さゆりが4月15日放送のTBSラジオ「パンサー向井の#ふらっと」にゲスト出演し、自身の代名詞ともいえる名曲「天城越え」にまつわる驚きのエピソードを披露しました。
NHK紅白歌合戦に紅組最多となる48回の出場を誇り、その中で実に14回も披露されている1986年発表の「天城越え」。激しい女性の情念を描いたこの曲について、パーソナリティーの向井慧から楽曲を受け取った際の衝撃を問われると、石川は意外な当時の心境を振り返りました。
石川は、どう逆立ちしてひっくり返しても自分の中にはこの曲のような世界観は存在しないと感じたそうで、どう歌えばいいのか分からなかったと正直な戸惑いを口にしました。当時は制作陣に対し、これムリだと思いますと直接歌唱を断る相談までしていたといいます。
後ろ向きだった石川の背中を押したのは、作詞を手がけた故・吉岡治氏らによる言葉でした。自分の中から湧き出るものだけで歌おうとするからダメなんだ、もっと世界を広げなさいと諭されたことで、石川の考え方に大きな変化が訪れました。
自分の知らない世界であっても、もし私だったらという仮定の視点を持つことで、どこへでも飛んでいける。そう気づいた石川は、自分自身という枠を超え、性別や場所さえも超越して歌の世界を表現できるようになったと語ります。名曲「天城越え」は、単なる歌唱を超えた演じる歌としての新境地を開拓した一曲だったようです。