南沙織が語った17歳の葛藤と輝き、学校卒業への切実な願い
1970年代初頭、数多のアイドルが誕生した中でも、1971年に17才でデビューした南沙織の存在感は唯一無二でした。沖縄出身で、当時は調布のアメリカンスクールに通う現役高校生。トレードマークの美しいロングヘアと神々しいまでの清純さは、瞬く間に日本中の男性を虜にしました。デビュー曲の17才は54万枚を超える大ヒットを記録し、彼女は一躍、時代の寵児へと駆け上がります。
当時のインタビューで彼女は、仕事が好きというよりも、とにかく歌っている時が楽しくてたまらないと、歌への純粋な想いを明かしていました。ステージで司会者から年齢を問われ、17歳ですと答えると、そのまま曲紹介につながるという、タイトルと彼女自身がリンクした不思議な巡り合わせもヒットの要因だと分析する姿は、まさに新時代のミューズそのものでした。
しかし、その輝かしい活躍の裏では、多忙なスケジュールが彼女の日常を圧迫していました。平均睡眠時間は5時間から6時間。学業との両立を条件に芸能界入りしたものの、実際には思うように登校できない日々が続いていたようです。当時の取材に対し彼女は、学校に行かせてくれる約束だったのにと、もし卒業できなかったらマネジャーに責任を取ってもらわなきゃと、頬を膨らませて茶目っ気たっぷりに不満を漏らす場面もありました。
その年の日本レコード大賞新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦への出場も果たすなど、トップアイドルの座を不動のものにした彼女。その後も純潔や色づく街といったヒット曲を連発しましたが、1978年に学業専念を理由に惜しまれつつ引退。翌年には写真家の篠山紀信氏と結婚し、世間を驚かせました。シンシアの愛称で親しまれた彼女が放った爽やかな光は、今なお昭和歌謡史の特別な記憶として語り継がれています。